はじめての翻訳・通訳学習 リサーチ力強化入門
はじめに:翻訳・通訳におけるリサーチ力の重要性
翻訳や通訳と聞くと、多くの方は語学力、つまり外国語を理解し、適切に表現する能力を思い浮かべることと思います。もちろん語学力は基礎となりますが、それだけでは高品質な翻訳・通訳を行うことは難しいのが現実です。特に未経験から学習を始めるにあたって、語学力と並んで、あるいはそれ以上に重要となるのが「リサーチ力」です。
では、なぜリサーチ力が重要なのでしょうか。翻訳や通訳の現場では、様々な分野の文章や会話を扱います。自身の専門分野であれば知識があるかもしれませんが、そうでない分野の場合は、対象となる専門用語や背景知識を正確に理解する必要があります。また、単語の意味一つをとっても、文脈によって適切な訳語は異なります。このような場面で、正確かつ迅速に必要な情報を探し出し、理解する能力が求められます。
リサーチ力は、単に情報を「探す」だけでなく、その情報の信頼性を判断し、取捨選択し、自身の知識として「活用する」一連のプロセスを指します。この力が備わっているかどうかが、翻訳・通訳の質を大きく左右すると言っても過言ではありません。
この章では、翻訳・通訳の学習をはじめる方が、どのようにリサーチ力を養い、学習に役立てていくかについて解説します。
リサーチ力とは何か?未経験者が知るべき基礎
翻訳・通訳におけるリサーチ力とは、対象となる原文(または話者の発言)を正確に理解し、それを目的言語で適切に表現するために、必要な情報を収集、分析、活用する能力のことです。具体的には、以下のような要素が含まれます。
- 情報の特定: 何が分からず、どのような情報が必要なのかを明確にする力。
- 情報源の選定: 辞書、事典、専門書、信頼できるウェブサイトなど、目的に合った適切な情報源を選ぶ力。
- 検索スキル: 検索エンジンやデータベースを効果的に活用し、必要な情報にたどり着くための検索語句の選定や絞り込みのテクニック。
- 情報の読解と理解: 収集した情報を正確に読み解き、内容を深く理解する力。
- 情報の信頼性判断: 情報が正確であるか、信頼できる情報源から得られたものかを評価する力。
- 情報の整理と統合: 収集した複数の情報を整理し、自身の知識として統合する力。
- 情報の活用: リサーチで得た知識を、翻訳・通訳の実践に活かす力。
未経験者の場合、最初は辞書の使い方から始まり、次第に専門的なデータベースや検索テクニックへとステップアップしていくことが一般的です。
具体的なリサーチ力強化ステップ
リサーチ力は、意識的な学習と実践によって着実に向上させることができます。ここでは、未経験者から始められる具体的なステップをご紹介します。
ステップ1:リサーチの目的を明確にする
リサーチを始める前に、「なぜこの情報が必要なのか」「何を明らかにしたいのか」を明確にすることが重要です。単に分からない単語を調べるだけでなく、その単語が文脈でどのような意味合いを持つのか、その背景にある文化的・専門的な知識は何なのか、といった点まで掘り下げて目的を設定します。これにより、闇雲に情報を探すのではなく、効率的に必要な情報にたどり着くことができます。
ステップ2:信頼できる情報源を見つける
情報源は多岐にわたりますが、その信頼性は様々です。特にインターネット上の情報は玉石混交であるため、信頼できる情報源を選ぶ目を養うことが不可欠です。
- 一次情報源: 法令、公的機関の発表、学術論文、企業の公式資料など、事実に基づいた情報源。
- 二次情報源: 専門家がまとめた書籍、信頼できる事典、専門分野のデータベースなど、一次情報源を基に整理・分析された情報源。
- 辞書・用語集: 一般的な辞書に加え、専門分野に特化した辞書や用語集は非常に役立ちます。オンラインのもの、書籍のもの、どちらも活用しましょう。
Wikipediaなどのサイトも、概要を掴むためには有用ですが、より正確な情報を得るためには、そこに引用されている情報源(出典)を辿る習慣をつけることが推奨されます。
ステップ3:検索スキルを高める
検索エンジンは強力なツールですが、適切な検索語句を使わないと、求めている情報にたどり着けないことがあります。
- キーワードの選定: 調べたい概念を表す複数のキーワードを試します。同義語や関連語も考慮します。
- 検索演算子の活用:
""
(二重引用符) で囲むと、その語句が完全に一致するものを検索できます(例:"人工知能"
)。-
(ハイフン) を使うと、特定の語句を含む結果を除外できます(例:リンゴ -病気
)。site:
を使うと、特定のウェブサイト内だけを検索できます(例:site:mlit.go.jp 建築基準法
)。filetype:
を使うと、特定のファイル形式(PDF, DOCなど)を検索できます(例:filetype:pdf 契約書雛形
)。
- 専門サイトやデータベースの利用: Google Scholar(学術論文)、各分野の専門機関のウェブサイト、図書館のデータベースなど、専門的な情報源の検索機能を活用します。
ステップ4:専門用語や背景知識を深く理解する
単語の意味だけでなく、その単語が使われる文脈、業界の慣習、法規制、歴史的背景などを理解することが、正確な翻訳・通訳には不可欠です。
- 関連書籍を読む: 対象分野の入門書や概説書を読むことで、体系的な知識を身につけることができます。
- 専門家の解説を読む/聞く: 信頼できる専門家によるブログ、記事、動画などを参考にします。
- 用語の定義を比較する: 複数の辞書や情報源で同じ用語の定義を比較することで、その用語のニュアンスや専門分野ごとの違いを理解できます。
ステップ5:情報の整理と活用方法
リサーチで得た情報は、そのままでは知識として定着しにくい場合があります。効果的に整理し、活用する工夫が必要です。
- ノートやファイルにまとめる: 調べた用語、その定義、使用例、情報源などを記録しておきます。分野別、テーマ別に整理すると、後で見返しやすいです。
- 自分なりの用語集を作成する: 特によく扱う分野や、難解な用語について、自分にとって最も理解しやすい形でまとめておくと便利です。
- 翻訳・通訳の実践で使ってみる: 調べた情報を実際に翻訳・通訳の練習に取り入れてみましょう。使うことで知識が定着し、理解が深まります。
学習と両立するリサーチ習慣の作り方
学業や他の活動と両立しながら学習を進める未経験者にとって、リサーチに時間をかけるのは難しいと感じるかもしれません。しかし、効率的な習慣を作ることで、負担を減らすことができます。
- 「スキマ時間」を活用する: 通学時間や休憩時間など、短い時間でもスマートフォンなどで辞書を引いたり、用語を検索したりする習慣をつけます。
- リサーチ時間を学習計画に組み込む: 語学学習と並行して、リサーチを行う時間を意識的に確保します。「この分野について調べる時間」「調べた情報をまとめる時間」など、具体的な目標を設定します。
- 一度調べた情報は再利用できるよう整理する: 上記ステップ5で述べたように、調べた情報をきちんと整理しておけば、同じことを何度も調べる手間が省け、効率が上がります。
- 調べる範囲を限定する: 最初から完璧を目指さず、まずは最低限必要な情報から調べ始めます。必要に応じて、徐々に深く掘り下げていくようにします。
まとめ:リサーチ力強化が学習とキャリアにもたらすもの
翻訳・通訳学習におけるリサーチ力強化は、語学力向上と同様に、あるいはそれ以上に重要なステップです。正確な情報を迅速に見つけ出し、理解し、活用する能力は、学習効率を高めるだけでなく、将来プロとして活動する上での信頼性や専門性を高める基盤となります。
リサーチ力は一朝一夕に身につくものではありませんが、日々の学習の中で意識的に取り組むことで、着実に向上させることができます。今回ご紹介した具体的なステップや習慣作りのヒントを参考に、ぜひご自身の学習計画にリサーチ力強化を組み込んでみてください。この力が、翻訳・通訳の世界で活躍するための大きな武器となるはずです。